一念発起で起業し、それを文句も言わず支えてくれる妻(最近だと夫が支える場合もありますね)のおかげで事業は右肩上がり。わき目もふらずに走り続けた結果、事業も大きく育って今や悠々自適の生活。お互いに歳を取った配偶者と「あの時はこんな苦労をしたね」と懐かしむ——

というのはある種の理想的な経営者の老後かもしれませんが、そんな綺麗ごとばかりでは済まないのが世の常。

「実はやりたくもなかったのに会社を手伝わされた」

「家事育児は何もしないで、仕事と称してゴルフや飲み会ばかり」

「世間体のためにずっと我慢してきたけどもう限界」

ある日突然離婚を切り出してきた配偶者の典型的な言い分です。ひょっとしたら心当たりのある方もいらっしゃるかもしれません。とはいえ、こうなってしまったら離婚自体は避けられないもの。冷え切った家族関係をいつまでも維持しておくのは「含み損」をいつまでも抱えておくようなものですし、賢明な判断のできる経営者・事業家の方であれば決断も早いことでしょう。

ただ、いざ「離婚」となると避けて通れないのが“お金”の問題です。離婚に伴うお金の問題は①慰謝料、②養育費、③財産分与、といったところがメインですが、富裕層の方からすると最大の敵は③財産分与です。今回はこの「財産分与」によって富裕層の方が資産の半分を失うような事態に陥らないようにする方法をお伝えします。

そもそも「財産分与」とは

民法は「協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる」(民法768条1項)と定めており、これが財産分与についての規定となります。具体的には、夫婦が共同して築き上げた財産(共有財産)を分ける、ということになります。しかも、その分け方は、よほど特殊な才能によって築き上げられたものでない限り、実際に稼いできた人とそうじゃない人の間で、50:50でわけることになるのです。ですので、例えば、年収1億の人が毎年2000万円ずつ貯金していて、20年経ったところで専業主婦だった奥さんから離婚を求められた場合、財産分与としては2000万円×20年=4億が2億ずつにわけられてしまうことになります。私は法律家なので「そういうもんだ」とある意味あきらめていますが、一般の感覚だと「そりゃないよ」となるのではないでしょうか。ですが、これが現実なのです。

夫婦財産契約

前置きが長くなりましたが、そのような事態を避ける方法は何か。

実はそのヒントは、財産分与が「夫婦が共同して築き上げた財産(共有財産)を分ける」というものである、という点にあります。裏を返せば、「夫婦が共同して築き上げた財産」ではないものは分ける必要がない、ということになります。

そのための第一の方法が、「夫婦財産契約」と呼ばれるものです。これは民法755条に規定されており、要するに、夫婦の財産関係について、法律とは違うルールを決めることができるものです。

夫婦の財産関係について、法律のルールでは、建前上は「婚姻中自己の名で得た財産は、特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。」(民法762条1項)とされていますが、これは単に「自分の名義になっている」というだけでは足りないものとされていて、実際には親からの遺産などのように「明らかに夫婦で築き上げた財産ではないよね」という物以外は共有財産であると推定されてしまいます(民法762条2項)。このルールを適用しないように「夫婦財産契約」を締結すれば、「夫婦が共同して築き上げた財産」ではない財産をたくさん生み出すことができます。

ただ、この「夫婦財産契約」は万能というわけではありません。最大のネックが「婚姻の届出前」に契約をしなければならない、という点です。したがって、すでに結婚している夫婦が婚姻中に夫婦の財産関係について法律とは違うルールを決めても、「夫婦財産契約」にはならないのです。

では、結婚してしまったらどうしようもないのでしょうか?実はそうでもなく、すでに結婚している夫婦であっても、婚姻中に夫婦の財産関係について何らかの合意をすることでクリアできる問題も実はあります。これが第二の方法です。

「え?さっき『結婚していたら夫婦財産契約はできない』って言わなかった?」と混乱されるかもしれませんが、以下のような具体例を想定していただければおわかりいただけると思います。

まず、Aさんは資産家であるお父様が亡くなった際、5億円の預金を引き継ぎました(税金はとりあえず無視します)。この5億円ですが、新しくそのお金だけを入れる口座を作っておけばよかったものを、「支払いに便利だから」という理由で日常の買い物などに使っている口座に入れてしまいました。その後、その口座にはAさんが代表を務める会社からは毎月役員報酬が入ってきましたし、家族での旅行や子供たちの学費なんかもそこから支払われていました。ただ、Aさん自身も成功者ですので、残高は5億を下回ることなく推移してきました。子供たちも成人して手が離れたある日、Aさんは「たまには自分で運転して楽しい車でも買うか。そういえば親父の遺産は5億だったけど、今も同じくらいの残高があるんだから3億くらいの車なら買ってもいいだろう」と考えて3億の高級車を購入しました。

さてここで問題です。この3億の高級車はAさん個人のモノでしょうか?答えは「このままだとNo」です。5億の遺産は、生活費を支払う口座に入ってしまっていて、役員報酬と混ざってしまっていますし、生活費や旅行代や学費なども支払われてしまっています。そうなると、「明らかに夫婦で築き上げた財産ではないよね」とは言えないことになり、民法762条2項によって共有財産であると推定されてしまいます。

夫婦間での合意

ここで「夫婦間での合意」の出番なのです。民法762条2項は、「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する」とあり、あくまで「推定」されるにとどまることから、「反証」することが許されています。その「反証」の方法として、「この車はAが父親の遺産で買ったものであり、Aの特有財産ということで夫婦ともに合意しています」という書面を取り交わしておけば、晴れて3億の高級車は財産分与の対象から外れることになります。唯一気を付けておくべきなのは、離婚問題で揉めはじめたらそんな書面を作ってくれるわけがないので、まだ夫婦関係が良好なうちに書面を作ってもらう必要がある、というところでしょうか。

共有財産からの離脱

さらに第三の方法もあります。財産分与は夫婦が共同して築き上げた財産を分けるものですが、第三者が受け取ってしまったものは「共同して築き上げた財産」から流出してしまっていますので、基本的に分ける対象とはなりません。ですので、親兄弟子供に贈与してしまえばそれまでですし、個人と法人は別の人格なので、法人に帰属させてしまうという手もあります。ただ、その法人の株が共有財産である場合、結局、その会社の純資産が増えて株式の価値が上がっただけになるのでその点は注意が必要です。また、親兄弟子供などに贈与する場合も、法人に帰属させる場合も、例外的に共有財産となってしまうケースもありますので、必ず専門家にご相談ください。

ここまで述べてきた以外にも、少々お行儀がよくない方法もありますが、さすがにそれを公にすることは憚られるので今回のコラムはこのあたりとさせていただこうと思います。

この記事を書いた人

網野雅弘

弁護士・行政書士・プロ野球選手会公認代理人

一橋大学法学部卒業。司法試験合格後、横浜市内の法律事務所で弁護士として研鑽を積み、2015年、横浜ランドマークタワー内にLM総合法律事務所を立ち上げ、同事務所のエクイティパートナーに就任する。事務所全体で150を超える会社・事業主の顧問業務が中核となっており、顧客は1部上場企業、IPOを目指すIT企業、社歴70年を超える非公開会社、医療法人、学校法人など多岐にわたる。