中国経済指標は注意すべき兆候を示唆  

中国国家統計局が8月31日に発表した製造業PMI(8月)は50.1でした。7月の50.4からはわずかな減少ですが、新規受注指数は49.6と7月の50.9から1ポイント以上低下しました。非製造業PMI(8月)は、7月53.3に対して47.5と、こちらは大幅に低下しました。 

8月は、中国当局が新型コロナウイルス・デルタ変異種の感染拡大を防止するため、約1カ月にわたって行動制限や大都市での大規模検査や隔離などの厳格な措置を講じたことが影響し、特にサービス業には大きく影響しました。中国が比較的短期間で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制でき、制限が緩和されれば、サービス業PMIが持ち直す余地はありますが、中国国内での感染が早期に抑制され、当局が措置を解除するかどうかは不透明な状況です。今回の指標は、昨年2月以来の落ち込みとなり、これは経済活動が縮小に転じた可能性もあり、そうなると今年後半には中国経済が減速するとも受け取れます。 

中国経済の回復を側面支援する役割を担ってきた輸出にも、変調の兆しが見えます。旺盛な海外需要を背景に好調だった輸出も、新規輸出受注指数(8月)は46.7と7月の47.7から低下し、低調が続いています。加えて、輸出企業は、コンテナの数量不足や運賃の高騰などの課題に直面して苦戦が伝えられています。 

生産者物価指数が大幅上昇。今後の価格転嫁は懸念。 

インフレ率の上昇も気がかりな材料です。中国国家統計局が9月9日に発表した生産者物価指数PPI(8月)は前年同月比9.5%の上昇でした。7月の同9.0%上昇から、一段とペースアップした形となりました。この上昇幅は約13年ぶりの高い伸びです。生産者物価を押し上げている要因は、商品価格の高騰です。中国政府は商品価格の上昇を抑制するため、原油備蓄の放出など供給拡大を図っているほか、売り惜しみ対策などの措置を講じていますが、これまでのところ効果は限定的で、歯止めはかかっていません。 

消費者物価指数CPI(8月)は前年同月比0.8%上昇でした。7月の1.0%上昇ほどではないが、上昇は続いています。変動の大きい食品やエネルギーを除くコアCPIは、前年同月比で1.2%上昇となりました。卸売物価が上昇している一方で、消費者物価は8月も相対的には上昇が抑えられており、統計上は、生産者物価高への波及は見られません。これは、中国政府が新型コロナウイルス・デルタ変異種の感染拡大を抑え込むために、都市部で厳しい行動規制を採ったことから、航空券や観光、宿泊など旅行サービス支出が大きく落ち込んだことが影響しています。 

消費者物価と生産者物価の上昇に乖離が生じているとはいえ、これは生産者段階から消費者段階への価格転嫁の時間差に過ぎないでしょう。卸売物価と消費者物価の上昇率の差は、統計上は過去の最大水準に既に達しています。消費者物価への波及がどれほどのスピードで進むかは問題ですが、価格転嫁圧力は確実にあります。 

中国新車販売台数は前年同月比大幅減 

9月10日に、中国自動車工業協会が発表した新車販売台数(8月)は、前年同月比17.8%減の180万台でした。これで、4カ月連続して前年同月比で減少を記録したことになります。減少の理由は、半導体の世界的な供給不足が主なボトルネックとなり、部品や部材の供給が遅延しているためで、自動車生産には深刻な影響が広がっています。トヨタも日本での減産を発表していますが、同じ理由であり、中国もその例外ではありません。自動車産業はすそ野が広いため、中国経済にも相当にマイナスの影響が広がることが懸念されます。 

細かく見ると、乗用車は前年同月比11.7%減、商用車は同42.8%減でした。商用車の減少幅が大きいのは、排ガス規制が強化されたことによる影響が大きく出た結果です。「新エネルギー車」(電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)など)は同2.8倍増加して32万台と初めて月間30万台の大台に乗せました。中国政府は、新エネルギー車の普及を強力に推進していますが、その点は奏功したようです。 

今年1~8月までの累計販売台数は前年同期比13.7%増の1,656万台でした。これは、2020年前半に、新型コロナウイルスの感染拡大抑制のために、厳しいロックダウン措置をとったことが影響して、自動車販売が大きく落ち込んだことによる反動増の部分が大きいです。通常、9月~10月は、自動車販売台数は伸び、一年でも一番ホットな商談の時期なので、動向が気になるところです。 

金融政策はより緩和スタンスへ傾斜したが、悩ましいインフレ率の上昇 

やや息切れ気味の足元の中国経済に配慮して、中国人民銀行(中央銀行)は、金融政策で緩和スタンスを前面に出して、的を絞った追加策を打ち出しました。中小企業への融資を支援する目的で、市中銀行に3000億元(約5.1兆円)もの規模で低金利での資金供給を実施すると表明しました。また、コロナ禍で経済的に苦境に立たされた民間企業への利子補給や中小企業への資金繰り支援、インフラ投資を促進する目的で、地方政府の専項債(特別債)の枠を拡大する措置も講じました。 

ただ、インフレ率の上昇は厄介です。生産者物価が持続的に上昇すれば企業収益は圧迫されて、景気の足かせになることが懸念されます。また、インフレ率の上昇が一時的なものではなく、持続的に続く可能性が高まるようであれば、大胆な緩和姿勢は取りづらくなり、金融緩和策のかじ取りは難しくなるでしょう。 

さらに、中国債券市場で注目されている、高債務企業を中国当局がどう処理していくかも注目点です。もともと中国政府は、不動産関連企業や環境問題に前向きではない企業の救済に対しては冷ややかな態度でした。多額の債務を抱える問題企業に対しては、淘汰の圧力は続くと予想されます。その典型例のひとつとされる、中国最大の不動産開発会社で巨額の債務残高を抱える中国恒大集団は、9月に入って資金繰り難に陥り、デフォルト(債務不履行)の観測も出ています。中国政府は、中国恒大に銀行など債務者団との債務条件の再交渉を認めたとは報じられていますが、債権者団との交渉の見通しは厳しいようです。 

グローバルに影響が及ぶ可能性も 

中国経済が大幅に減速したり、債務処理問題が顕在化したりすることとなれば、中国のみならず、世界経済にも市場にも影響は避けられないでしょう。特に、新型コロナウイルスの感染対応に一周遅れで苦しんでいる新興国経済にとっては、厳しい状況になると予想されます。8月の中国経済統計の悪化は、市場のボラティリティを高めるトリガーとなるかもしれません。警戒すべき材料として、しっかりと注意を払っておくことをお勧めします。 

この記事を書いた人

長谷川 建一

国際金融ストラテジスト <在香港> HASEKENHK.com主宰

シティバンクグループ日本及びニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任後、シティバンク日本のリテール部門やプライベートバンク部門で活躍。 2004年末に東京三菱銀行(現MUFG銀行)に移籍し、リテール部門でマーケティング責任者、2009年からは国際部門に異動しアジアでのウエルスマネージメント事業戦略を率いて2010年には香港で同事業を立ち上げた。

その後、2015年には香港でNippon Wealth Limitedを創業、香港金融管理局からRestricted Bank Licence を取得し、一から銀行を創り上げた。

2021年5月には再び独立し、Wells Japan Holdings Limitedを設立。香港証券先物委員会に証券ライセンスと、香港保険管理局に保険代理店ライセンスを申請し、今後のアジアの発展を見据えた富裕層向け金融グループの創設に取り組んでいる。

世界水準の投資機会や戦略、アジア事情に精通。ネットメディアへの寄稿も多く、個人公式サイトも運営して、金融・投資啓蒙にも取り組んでいる。香港をはじめ、日本やアジア各地での講演も多数。丁寧でわかりやすい解説には定評がある。

京都大学法学部卒・神戸大学経営学修士(MBA)