サッカークラブの企業価値換算手法

11月23日にmixiによるFC東京の経営権取得のニュースが飛び込んできました。2016年にも鹿島アントラーズをメルカリが取得したことも記憶に新しいと思います。こういったニュースが出る度にある疑問が湧いてきます。

「Jクラブの買収価額っていくらが適正なのか?」

株式市場に上場しているわけではなく、詳細な財務諸表情報も開示されている訳ではありません。そんな中で、サッカークラブの企業価値をどのように算定するのが適当なのでしょうか。

KPMG Football Benchmarkが提供しているサッカークラブの企業評価(*1)では下記の点を留意点として挙げています。

①財務諸表は入手しにくい代わりに、売上情報は利益情報よりも入手しやすく、比較しやすい。かつ会計調整がほとんど入らない

②サッカークラブビジネスの特性上、利益が±0またはマイナスとなるクラブが大半である

③売上は利益よりもボラティリティが低い

これらを勘案すると、一般に企業価値算定で用いられることの多い、将来キャッシュフローによるDCF法や、バランスシートに基づく純資産法は、サッカークラブの企業価値の算出方法としては馴染まないと考えられます。

そこで、類似した企業価値と売上の倍率を過去の実績から指標化し、売上実績に掛け合わせて算出する「レベニューマルチプル」の手法でJクラブの企業価値を計算して行きます。

また、それに関連しサッカークラブ独自の指標として「選手評価額」による買収価額との倍率算定から、クラブ価値を算出する「買収額 / 選手評価額」アプローチも行ってみたいと思います。サッカークラブの唯一にして最大の商品であるチーム価値は企業価値と並んで重要な指標だと言えるからです。

Jリーグと同等の経済規模の欧州リーグにおける買収事例

今回、直近10年でヨーロッパにおけるJリーグと同等の経済規模のリーグにおける買収が起きたクラブを調べました。Deloitteの発行している「Annual Review of Football Finance 2020」(*2)からリーグの収益規模を見てみます。

5大リーグは収益規模の桁が違ってくるため、Jリーグと「クラブ平均売上」の近似するロシア、ポルトガル、ベルギー、トルコ、オランダの国の中で、ネット検索で買収価格等が確認できた過去取引を調査し(*3)、情報取得できた下記5クラブを使って「レベニューマルチプル」と「買収額 / 選手評価額」を算出していきます。

 ※Football Clubs’ Valuation: The European Elite 2021、Annual Review of Football Finance

2020に基づき筆者作成

買収事例自体は20件以上ありましたが、買収価額等の情報をネット上から取得できた取引は僅かでした。

「レベニューマルチプル」と「買収額 / 選手評価額」を計算

上記5クラブに加え、FC東京と鹿島アントラーズの事例も合わせた7クラブ分の取引からそれぞれの倍率を算出していきます。その一覧が下記となります。

注1:選手市場価値はTransfermarkt(*4)より数値取得

注2:Net Debtはゼロと仮定して計算している

注3:異常値はないと判断し、数値計算には平均値を採用

※Football Clubs’ Valuation: The European Elite 2021、Annual Review of Football Finance 2020、Transfermarkt、2019年度Jクラブ決算一覧に基づき筆者作成

レベニューマルチプル:0.68
★買収額 / 選手評価額:0.62

オランダ、ベルギーの事例を見てみると、「レベニューマルチプル」より「買収額 / 選手評価額」が低くなる傾向が有るのに対し、Jクラブの2例ではその倍率傾向は逆転しています。ここから読み取れることとして、ヨーロッパ2か国では売上に対して選手評価額は高めに算出されている(選手のレベルが相対的に高い)のに対し、Jリーグでは売上に対して選手評価額が低めに算出されている(選手のレベルが相対的に低い)という傾向が読み取ることができるかもしれません。選手人件費は売上の絶対値に比して大きくなるので、Jクラブは使っているお金の割には選手価値(選手レベル)を高められていない可能性が示唆されています。

Jクラブの企業価値推定をしてみる

上記の倍率を使用してJクラブ価値を算出した一覧が下記になります。算出に使用した数値はコロナ前の2019年を基準としています(*5)。

※2019年度Jクラブ決算一覧に基づき筆者作成

いかがでしょうか?皆さんが予想する価格より高いと感じますか?それとも、低いと感じるでしょうか?

FC東京や鹿島アントラーズの事例は今回の計算手法で見てみると「レベニューマルチプル」ではもっと企業評価されていても良いと言えますが、一方で、「買収額 / 選手評価額」では低く算出されています。


今回の計算はあくまで一例です。企業評価の手法は様々に存在していますので、皆さんもご自身でサッカークラブの評価をしてみてはいかがでしょうか?

財務諸表に載っていない見えない価値

今回計算したようなサッカークラブの評価額を「低い」と感じる人はサッカーファンの方々の中には多くいるのではないでしょうか?

それは、普段メディアやSNSで話題に上る頻度が高いことや、また人々の心を動かす感動を呼ぶストーリーが存在し、歴史と文化と地域に紐づいた社会的価値が認知されているからだと思います。しかし、それらは財務諸表には載っていない「見えない価値」なのです。私はそれを「簿外無形資産」といつも表現しています。一般的な企業価値算定方法でも、今回用いた「レベニューマルチプル」「買収額 / 選手評価額」でも、この「簿外無形資産」は勘案されていません。

スポーツは時に他の経済活動よりも価値を高く感じる瞬間や場面があります。しかし、そういったものは論理的な金融手法では、恐らくすくい上げることは難しいでしょう。こういった人々の感性に訴える力もサッカークラブの持つ価値としてクラブ価値評価に反映されるようになれば、よりサッカークラブの企業価値も高まっていくかもしれません。

(*1)Football Clubs’ Valuation: The European Elite 2021

(*2)Annual Review of Football Finance 2020

(*3)ネットサーチによる公開記事等から取得できた情報を基にしています。よって、数値の正確性を保証するものではありません。

(*4)Transfermarkt

(*5)2019年度Jクラブ決算一覧


本サイトWealth Management Journal(以下「WMJ」)に記載されている情報には将来的な出来事に関する予想が含まれていることがありますが、それらの記述はあくまで予想でありその内容の正確性、信頼性等を保証するものではありません。また、情報の正確性については万全を期しておりますが、その正確性、信頼性等を保証するものではありません。投資に関するすべての決定は、ご自身の判断でなさるようにお願い致します。

本メールに記載されている情報に基づいて被ったいかなる損害についても当社及び情報提供者は一切の責任を負いません。

この記事を書いた人

飯塚 晃央

Office KOOU 代表

慶應義塾大学経済学部を卒業後、2011年4月新卒で楽天株式会社へ入社し、経理部へ配属。事業損益、ポイント会計、グループ会社内部取引等を担当後、2015年2月ヴィッセル神戸へ総務経理マネージャーとして出向。経理、人事、総務等の会社管理業務全般を担当。2016年8月本社経理部へ復帰後、楽天本体の税金計算業務を経験。2017年8月より楽天トラベル営業経理グループマネージャーとなり、販売管理システム開発PJのPMOを兼務。サッカービジネスの世界への貢献を決意し、2018年7月にSports Human Capital 5期として卒業後、2018年12月よりベルギー1部リーグのSTVVにてCFOに就任。財務経理、管理部門全般の管掌、並びに組織管理やesportsなどの新規事業を担当し、2021年8月退職。Office KOOUを立上げてサッカー・スポーツビジネスの発展に寄与する活動を行う。