◆円安進行で円資産は深刻に

22年3月半ばごろの、ドル円の水準は122円台でした。そこから約1ヶ月後(4月下旬)には129円にまで上昇しています。黒田シーリングと呼ばれる125円を超えた後の円安進行スピードはとても速くなりました。2015年に125円まで上昇した際に、日銀の黒田総裁が「これ以上は円安になりそうにない」と発言した「黒田シーリング」を突破したインパクトは大きいものでした。足元では、鈴木財務大臣や岸田総理は過度の円安に対する懸念を相次いで表明していますが、今回一段と円安が進みました。日本政府が「円安進行を嫌がっている」というメッセージを出してはいるものの円安が止まらない状態です。そして、黒田日銀総裁は18日には「過度な円安は好ましくない」と言いながら「円安は全体的には日本経済にプラス」とも発言しています。日本政府が「円安進行を嫌がっている」というメッセージを出してはいるものの、政府の口先介入だけではドル高・円安の流れを堰止めることはできないと考えられます。口先介入だけでなく「ドル売り・円買い」の介入に踏み切らない限り引き続き円安は進む可能性があります。かつ、日本政府単独で介入しても、その賞味期限は短そうです。

過去に、米国と日本が「協調介入」(ドル売り・円買い)したことがあります。行われた協調介入は1985年「プラザ合意」、1990年「パリ合意」、1998年「ワシントンでの円の下落修正声明」の3回しかありません。その中で、直近の1998年の「円の下落修正」表明の時の円は140円と今よりも遥かにドル高・円安ですので、現段階(129円付近)で、協調介入が発動されることは考えにくいです。そのため、まずは目先のターゲットは2002年に記録した135円となる可能性があります。

◆家計の外貨建て投資も徐々に増えている

企業は経営のなかで「ドル買い・円売り」を行いますが、家計資産が円売りに動きだすとすれば、さらに厄介なことになるでしょう。2021年12月末時点で日本の家計金融資産は2023兆円で、リスク資産である株式・出資金の比率は10%前後です。相変わらず現金での保有率は約50%程度あります。しかし、日本円で保有している現金を外貨で持つという行動変容も起こる可能性があります。特に、最近では米国株投資の人気が高まっていることを考えれば、連日の円安報道を受けて外貨で資産を保有した方がいいと考える人も増えそうです。構成比こそ小さいですが、外貨性資産は0.9%から3.4%へと増加しています。投資信託は7倍強、対外証券投資は5倍弱増えています。確実に海外資産への関心は日本でも高まっています。ある一定のブームや皆が行っていることと同じ行動を取るのが日本人の性質の1つです。エコノミスト唐鎌 大輔氏の試算によれば『「円の普通・定期預金」の10%が動くだけでも100兆円規模の円売りになる。それは過去5年平均(18兆円程度)の経常黒字に換算すれば5~6年分に相当する。今の世の中、海外投資はさほど難しいことではなく、十分想定に値する数字だ。』と述べています。

◆家計資産がさらに、円安を進めるシナリオ

足元の円安進行は、①日米の金利差拡大と②日本の経常収支が月次単位で赤字に転落 したことによる円の力が弱まっていることが挙げられます。しかし、さらに国内の行動により円安が進行するシナリオもあり得るということです。「円で保有していること自体が損であり、リスクである」という認識は超富裕層の皆様には常識的な情報だと思います。しかし、それが、国民全体の一般的な常識になるのでは経済全体へのインパクトが異なります。一般的な国民が「円で資産を持たずに、ドルで持つ」という考え方が支配的になった時には、家計部門からの円売り圧力をさらに受ける可能性があることは念頭に置いておきたいです。

この記事を書いた人

馬渕 磨理子

認定テクニカルアナリスト(CMTA®) 公共政策修士

京都大学公共政策大学院 修士過程を修了。法人の資産運用を自らトレーダーとして行う。その後、フィスコで、上場企業の社長インタビュー、財務分析を行う。全国各地で登壇、プレジデント、週刊SPA!、Yahoo!ファイナンス、ダイヤモンドZAI、日経CNBCなど多数メディア掲載・出演の実績を持つ。現在は、ベンチャー企業で未上場マーケットのアナリスト・マーケティングを担当。大学時代は、国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞している。

【連載等】
マネックス証券での連載、Yahooファイナンスの記事掲載、ラジオ日経の出演経験などがあり、『PRESIDENT』『週刊SPA!』『日経CNBC』『ダイヤモンドZAi』『Yahoo!ファイナンス』『週刊女性』『テレビCMマネックス証券』など多数のメディア出演